生まれなかった都市

観測日記とメニュー

インスタグラムの日本語

※推敲していません。

 

おでこの両サイドから顔の輪郭に沿って垂らした前髪を「触覚ヘア」と呼ぶが、これはおかしい。

顔まわりカットと触覚ヘアの基礎講座。イラストで学ぶ特徴とセルフカットのヒント|ホットペッパービューティーマガジン

虫の「触角」が元ネタになっていることは明らかだが、ピクシブ百科事典を除いて正しく「角」と書いているサイトはほとんどない。触角と触覚は全く別物なので、単なる誤用をこえていると思う。

 

たとえば「芸術」と「藝術」の使い分けに異常にこだわる人はいて、まあ大事だが、「独擅場」と「独壇場」ぐらいどうでもいいと完全に誤ったほうが慣用化しているし、そもそも「独壇」じたい存在しない言葉なので特に問題がない。ただ「触角」と「触覚」は今でも普通に使い分けるので、これは美容師の日本語感覚が基本的に鈍いことを表していると思う。そもそも虫の「触角」が「触覚ヘア」の起源であることを意識している美容師自体ごく少数ではないか。

こういう誤用が問題なのは、それ自体が誤解を招く(意思疎通の障害になる)から、というだけでなく、その人が文字を読んだり書いたりするのに慣れていない・繊細でないことを示唆してしまうところにある。自分もけっこうやるので、人のことは言えないのだけれど。昔、書評の中で「嫡出子」を「摘出子」と書いたことがあり、それは本当に恥ずかしかった。また、「レジリエンス」を「レリジエンス」としてレジュメを切りきったこともあり、こういうのは普通にある。

 

言い訳になるが、大きな間違いではあるけど、その人の資質を疑うほどにはならない間違いというのがあって、たとえば吉田健一が「初めて」の意味で「始めて」と使っていてもあまり気にならない。ただ、「言わざるを得ない」を「言わざる負えない」と書いている人を見るとかなり不安になる。「触覚」はこの部類に入る。「摘出」はどうだろうか…

 

それはさておき、珍しくインスタグラムを見ていたら「精子の濃さは人によりき」という表現を見かけた。これはおそらく「改憲ありき」のような「き」の誤用と、「人によりけり」の「けり」の用法が合体したものと思われる。

「人によりけり」の「けり」は過去の助動詞で、別に今回の用例では過去を指すとは限らないのだが、「人類は家畜とともに暮らしてきた」の「きた」のように、過去から現在にかけてそうでありつづけている性質を指す用法もあるらしい。ただ今回の場合は「人による」でいいわけで、わざわざ「けり」をつける必要がない。

他方、「ありき」の「き」は明確な誤用で、「はじめに言葉ありき」のように、順番を表す枕詞がなければ(あっても)、単に「あった」という意味にしかならない。

①〔文〕あった。存在した。「はじめに言葉ありき〔=新約聖書の文句〕」②はじめから決められていること。「はじめに結論ありきでは討論する意味がない」

「○○ありき」だけでも通用 – 毎日ことばplus

これこそ一般的には気にならないレベルの誤用だし、かなり人口に膾炙している言葉なので、許容する場合もあるだろうと思うが、「人によりき」と言っている人を見たら、あまり勉強をしないで生きてきた人なんだな、と感じてしまう。

この数日、諸事情でインスタグラムをダラダラ見ていたが、こういう日本語がかなり多く、「触覚」と似たものを感じる。インスタグラムばかりやっているとバカになるから、中高生はやらない方がいい。

モヤさまでよくいじられる、「グレープフルツジユス」のようなメニューの誤記について、終戦直後から高度成長期にかけて、教育をまともに受けられなかった人が、それでも何とか糊口をしのぐために必死の思いでお店をやりくりしてきた、そういう歴史の重みを感じてしまうので、今はあまり笑えなくなった。インスタグラムの日本語はそれとは違ってたんなる勉強不足なので、若いころからこんなものをやっている人はまともな大人にならないだろう。